Ayame Kazusa

注:ロックオンがアイリッシュセッターで、グラハムに飼われているわんこパラレルです。
ディラ仔猫と、ハロと雀が一緒にいます。

 

 

 

その日は朝から、家の雰囲気が慌しく感じられた。
実際には、いつもと同じ朝の筈だ。誰かが忙しくしているわけでもない。
強いて言えば、ロックオンだけがそわそわと落ち着かない事と、リビングで鳥の鳴き声がする事だろうか。

「ロックンの頭!」
「ぎゃあ!」
ピィピピピ!!

双子仔猫の片方が、窓辺に立っていたロックオンの背中をよじ登り、栗色の垂れ耳を鷲掴みして頭部にしがみついた。
驚いたロックオンが叫ぶと同時に、それまで頭部で心地良さそうに蹲って囀っていた雀も飛び上がる。
「痛ェ、らいる!」
「ぴよばっかりずるい! 俺もロックンの頭がいい!」
「高い所なら他にもあるだろう」
ぴよと呼ばれている雀はビビビビと鳴きながら、ロックオンと子猫の頭上を旋回している。
グラハムには雀の言葉は判らない。けれど、囀りとは異なる声が仔猫の無体を非難している事くらいは判る。
騒ぐ雀に構わず、仔猫はロックオンの頭を両腕で抱き締めるようにしてそこを占領し、ふむんと満足げに溜息を吐いた。
「ここがいい。ぴよが好きなくらいだもん、俺も落ち着く」
「あれか。俺の頭は巣か?……そりゃあ、癖毛だけどなぁ」
「もふもふしてるから、気持ちいい」
にこにこ笑顔でご機嫌に尻尾を振っている仔猫は、ロックオンの髪に顎を乗せて満足そうだ。
仔猫を下す気は全くないロックオンは、やれやれと肩を竦めてから、未だ飛び続ける雀に向けて手を差し出した。促されるまま指に止まった雀は、小首を傾げて「チュン」と鳴く。
「お二人さん、ここは妥協しよう。一緒に、仲良く。ほらよ」
「にゃあ?」
ロックオンの意図を先に察した雀は、ぴょんと飛び上がって仔猫の頭の上へ乗った。
「ふぎゃ!」
「らいる。じっとしてなさい。ぴよはお前さんの頭で妥協するってよ」
「くすぐったい!耳くすぐったい!」
ロックオンの頭部を狙って争っていた雀と仔猫。だが、仔猫にきゃははと笑い声を上げさせるのは、仔猫の頭部で蹲った雀が三角の耳を啄ばんでいる所為だった。つんつんつんと、怪我をさせない加減で雀が仔猫の耳を食めば、耳をぴこぴこ震わせる仔猫が笑う。
尻尾を揺らしてはしゃぐ仔猫の様子を頭上に感じながら、ロックオンもにこやかに微笑んだ。
「ロックオン、ロックオン」
次にロックオンを呼ぶ声は、足元から。
頭上の仲間を落さないよう慎重に視線を下げたロックオンは、うにょんと腕を伸ばして足を叩いて呼ぶハロと、球体のハロに被さって上手にバランスを取っている、こちらも栗色の毛を持つ仔猫を見つけた。仔猫の大きな瞳がロックオンを見上げ、耳が僅かにぴくぴくと動いている。
「ニールモ、アソンデアゲテ」
「俺はハロがいい!」
「ニール、コロガッテケガシナイ?」
「しないよ、しない」
兄仔猫とハロはそんな遣り取りの後、ロックオンから離れて、ころころと床を転がった。
兄仔猫が球体から転がり落ちて「ふぎゃ」と声を上げれば、ハロが心配して「ダイジョウブ?」を繰り返す。身軽で柔軟な仔猫は多少の事では傷付かず、凝りもせず球体にじゃれついている。
頭上を気にしながらロックオンが床に腰を下すと、兄仔猫とハロが傍までころがってきて遊びを続けた。
「ハロ、子守は大変だろう?」
「ヘイキ、ハロ、タノシイ。ロックオンハ?」
「あー、頭に乗るのはちびの内だけにして貰えると助かるなあ」
「ライルハ、イマダケ? ピヨハ、ズット」
「ぴよは軽いからな。俺の髪が巣なんだよ」
重いと文句を言っても、ロックオンが仔猫を邪険にする事はこの先もないだろう。仔猫が大人になっても、スキンシップを大切にする。
群れの仲間とくっついていれば安心するのは幼子ばかりではなく、図体の大きなロックオンこそが寂しがり屋で温もりを求めているのだと、皆は感じ取っているに違いない。
だから、ロックオンの傍にいる。居心地がいい。

 


穏やかな時間が流れている事実を好ましく思う気持ちに嘘はない。
ロックオンの周りに自然と仲間たちが集まっている光景を見守るのは、グラハムの喜びだった。
「だから、そんなに申し訳ない顔をしないでくれないか?」
きゃいきゃいと一頻り遊んだ仔猫たちが折り重なって眠り込む頃。
ハロも沈黙し、雀は仔猫たちの眠りを見守るかのようにハロの上で丸く蹲った。
仔猫の眠りを見届けて、ロックオンはグラハムの傍まで駆け寄る。
遊び相手をしている間も、ちらちらとグラハムに向けられていた視線が哀れで、ソファーに腰掛けているのが申し訳なく思えた程だった。
「なあ、グラハム。俺が何をしたらいいのか、ちゃんと教えてくれよ」
グラハムの足元に座り込んで、ロックオンはグラハムを見上げる。碧の隻眼は、グラハムのために何かをしたくて必死だった。
それは伝わるから、何か具体的に希望を言えたならロックオンが楽な事も判ってはいるのだが。
「言ったはずだよ、姫。私は、姫の日常が幸福だと確認出来ればそれでいい」
「でも、違う。テレビで見たのは、そんなんじゃなかった!」
首を振るたび、大きな耳がぱたぱた揺れる。
違う違うと繰り返すロックオンは、駄々を捏ねる子供のようだ。しかし、違う。ロックオンはテレビで得た知識を総動員して、グラハムに尽くそうとしている。参考にしたテレビを真似ようとしているのに、グラハムの返事が曖昧な所為で納得出来ずにいるのだ。
「ご馳走だろ。ケーキだろ。パーティもしなきゃ。だって、誕生日は特別なんだろ!」

誕生日。
その日は、グラハム生誕の日。

今までの人生では全く興味を持てなかったこの日に対し、今日だけはちょっと贅沢をしていいだろうかと思い付いたのは、今年が初めてだった。
思い立ったが吉日とばかりに、グラハムは今日休暇を取った。特別何かを求めたのではなく、愛しいロックオンと仲間たちと、一日を一緒に過ごしたかったから。彼らだけで過ごしている留守番の時間を、ゼロにしたかった。
仕事を放り投げて、愛しいものたちと過ごす特別な一日が欲しかった。
「ニール。君がテレビを真似る必要はない」
祝いたい、喜ばせたい。
真摯に訴えるロックオンの耳を撫でてから、両掌でそっと顎を包み込んだ。
お誕生日パーティ、心尽くしのプレゼント、豪勢な料理、ハッピーバースデーとデコレーションされたケーキ。
そんな定番の一日が欲しくて、グラハムはここにいるのではない。
「私は、君と過ごす時間が欲しかった。仕事が生活に直結しているとはいえ、寂しい思いをさせているだろう?」
「 ――― ひとりじゃねぇから、平気」
甘える仕草で、ロックオンはグラハムの手に頬を擦り付けた。
「一緒にいたいという願いは、私にとってとても重要なものだ。目には見えず形も残らないが、心が満たされる」
「こころ……」
頬から髪へと慰撫を移動させると、ロックオンはうっとりと目を閉じてグラハムの膝に頭を乗せた。
この温もり、この重み。
愛おしい相手からの、全身での好意がどれほど嬉しいものか ――― 本音と建前を知らないロックオンには絶対に判るまい。
グラハムを見つめて、仔猫たちと遊んで、雀やハロたちと会話をして ――― ロックオンが笑っている姿を見ているだけで幸せになれるこの気持ちが、何よりの贈り物だと。
「出会えて良かったと、心から感謝出来る事が嬉しいのだ」
「……俺も、あんたと一緒にいるのが、嬉しい」
帰宅した時、千切れんばかりに振り切れる尻尾が、寛いでいる現在は大人しく床に伸びている。グラハムの誕生日に拘ってそわそわしていた身体が、漸くリラックスしたようだ。
「姫がそう感じてくれるのが私の幸福だ。欲を言うなら、私も君の寛ぎ頭部争奪戦に参加したいが……眺めるだけに止めておくよ」
小さいものたちがこぞって群がる髪を梳くように撫でる。頭部に登るのは絶対不可能だが、つやつやとした手触りを堪能する事なら出来る。毎日のブラッシングの賜物が喜ばしく心地良い。
撫でるグラハムも、撫でられるロックオンも、自ずと微笑んでしまう幸福に包まれていた。

          

 

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