Karasu

  9月10日。グラハム・エーカーの誕生日という年に一度の記念日で、しかも今回はニール・ディランディが目出度くソレスタルビーイングを寿退社してグラハムと同居(同棲?)を始めて最初に迎えるアニバーサリーに、ニールは珍しく張り切っていた。
 グラハムと較べて滅多に愛情表現を顕にしない――というよりグラハムが過剰に表現しすぎるせいで若干引き気味になっている――ニールだが、グラハムの希望した誕生日パーティーへの要望に、一転奮い立ったのだ。
「そろそろアンタの誕生日だよな。いつも軍のお仲間がパーティ開いてくれてたんだって? 今年も、ホラ、予定があるんだったら先に言っておいて貰えれば……」
「ああ、それなら既に断っている」
「……なんで!?」
 食後のコーヒーをサーブしてやりながら出来るだけさり気無く、世間話の続きにでも聞こえるように尋ねてみた。
 折角の記念日に帰宅が遅くなるのは些か寂しいが、それ以上に自分はグラハムの同僚の陽気過ぎるアメリカンの馬鹿騒ぎに付き合いきれる自信がなかったし、ほぼ全員ユニオン軍人&関係者の集いに紛れ込むのも気が引ける。なので遠回しに「おまえは仲間と楽しんで来いよ」と伝えるつもりだったのだが。
「何故、と聞かれる方が不本意だな。折角君のハートを射抜いて手に入れた、いわば新婚後初めてのアニバーサリーだというのに。肝心の君に、他人と過ごして来いと勧められるとは、私のセンチメンタルな心は甚く傷ついたぞ!」
「バッ……新婚とかいうな! じゃなくて、断ったって。いいのかよ、オマエのために企画してくれてたんだろ?」
「なに、皆もそこまで野暮ではないさ。それに私は、家族に祝って貰う誕生日というものを一度味わってみたかった」
「グラハム……」
「君と私は、家族になったのだろう?」
 グラハム当人はそれほど強い意味を以って言った訳ではなかったのだが、『家族』というキーワードに滅法弱いニールは感極まって言葉を失ってしまい、代わりに――非常に珍しい事に――ダイニングの椅子に腰掛けたグラハムを、後ろから力強く抱き締めた。


 ……とまぁ、そんな経緯があったわけなのだが。ニール的に『家族で祝う誕生日』というのは、少人数ではあるけれど両親と兄弟がいて、ささやかながらも賑やかに過ごすもので、あくまでも恋人時代の延長のように2人きりで濃密な時間を楽しむものではなかった。
 しかし現在、ニールの血の繋がった家族というのはライル一人だけであって。
「どうすっかねぇ……」
 どうにかグラハムに『家族的な誕生パーティ』を教えてやりたいと考えたニールは、そのたった一人の肉親に映話を繋げた。


「それで、刹那達を連れて来いと? マイスター全員?? 何考えてるんだよアンタ!? しかもコレ、守秘回線!!」
「おいおい、そんな言い方はないだろ。あいつら皆、家族みたいなもんだし。だったらオマエがついでに連れて来れば話が早いじゃないか」
「アンタはそう簡単に言うけどな。あの強烈なヤツラを全員、オレに説得した挙句引率して来いって?」
「何オレが無茶言ってるみたいな言い方してんだ、今はオマエの仲間だろ? 年下相手に情けない事言いなさんな」
「昔っから思ってたけど兄さん、アンタ実は人の話全然聞いてないよな」
「ハハハ……おまえは昔から実は気の弱い所があったよな。それじゃ、頼んだぜ」
「それは気が弱いっていうんじゃなくて……ああっ、回線切るなバカ兄貴!」
 一見優等生だが実は他人の意見を聞かない兄と、兄に反発しているようで実はお兄ちゃん命令に逆らえない弟の構図は、お互いイイ年こいて兄が結婚(?)してからも変わりないようだった。


 そして誕生日当日。
「よく来たな。歓迎しよう、弟君達よ!」
「アンタ、旦那だっていうならウチの兄貴をもっと手綱締めといてくれよ……」
 玄関先でライルとマイスターの面々を出迎えたグラハムは日の光のようにキラキラしく輝いていたが、迎えられたライルの方は徹夜でもした後のようにゲッソリしていた。
 ライルにとってグラハムは特に好きな相手でも嫌いな相手でもなく、敢えて言えば自分と兄を全く混同しない(というか恋愛対象に見られたら、と思うとゾッとする)、加えて言うならあの兄を娶った男という稀有な人物でもある。それと、性格は多少変わっているかもしれない。
 しかし他のマイスター達にとってのグラハムは、横からいきなり現われて『ロックオン・ストラトス』を攫っていった仇敵であり、現在もソレスタルビーイングに返そうとしない極悪非道の魔王でもある。因みにライルは『ライル・ディランディ』として認識されている。
「ご招待ありがとうございます。あ、これプレゼントです」
「その心遣いに感謝する。だがこれは中に入ってから改めていただこう」
 尤もマイスターの中でも温度差があり、アレルヤなどは最近マリーから仕込まれて一般常識を憶えつつあったが(それでもお土産と誕生日プレゼントは混同しているらしい)残りの二人は端からグラハムを祝う気などないようで、ライルの『旦那』という発言であからさまにそっぽを向いている。
「ようこそ我が家へ、我が家族達よ!」
「なにをっ……!」
「?」
「…………」
「さぁさぁ、玄関先で揉めると兄さんが心配するからサッサと入ろうなっ」
 到底認め難い呼び方に瞬間沸騰しかかるティエリアと眉を顰める刹那に、ライルは慌ててマイスター達の背を玄関の中に押し込んだ。


「おー、よく来てくれたな刹那、ティエリア、それにアレルヤ。久し振りだなぁ」
「兄さん、一番厄介事を押し付けた実の弟のオレには何もないワケ?」
「何言ってんだ、感謝してるぜ。愛してるよライル」
 ダイニングではエプロン姿も甲斐甲斐しいニールがテーブルの準備をしている最中だった。さらりと告げられた「愛してる」発言に、ティエリアと刹那の物理的な冷たい視線が首筋に突き刺さって怖いが、取敢えず無視する。
 食卓いっぱいに並べられた料理に、この人たいして料理の腕が良いって程でも無かったと思うけど、とよくよく見ればケーキと何種類かの皿はデリのテイクアウトで、残りの手作りと思しき皿はタワーになったマッシュポテトとフライドポテト、それにポテトのパイとピザだ。
「に、兄さ……」
「素晴らしいご馳走ではないか、姫! 特にマッシュポテトとフライドポテトに心が篭っているのが良く分かる」
「よせやい、照れるだろグラハム……」
 ポッと頬を染める同じ顔をした実の兄に、ライルは気持ち悪いと文句を言うべきかどうか悩んでしまってうっかりメニューへ突込みそびれた。
 まぁ作った本人と祝われる当人が気にしていないのなら、たとえ芋尽くしでも構わないのだろう。
「僕も手伝います、ロックオン」
「サンキュ、ティアリア。でももうちっとで終わりだから、お客さんはグラハムと一緒に大人しく席について待っててくれよ」
「貴方がそういうなら」
 ニールの何気ない一言に、ライルはヒッと内心悲鳴を上げた。
「それは無謀だろ兄さん!」
 しかしやはり話を良く聞いてくれない兄は、ライルは心配性だなぁと的外れに笑ってキッチンへ引っ込んでしまった。


 数分後。最後に冷えたシャンパンを持ってダイニングに戻ったニールの前に展開されていたのは、ライルの予想通り青筋を立ててグラハムを糾弾するティエリアと、これはいつものように自信満々に迎え撃つグラハムの戦いだった。
「何度も言っているように、僕は決して認めない! 今日ここに居るのだってロックオンに呼ばれたから来たのであって、アナタの祝福に来たなどと甚だしい勘違いをしないでいただきたい」
「では私も何度でも同じ言葉返そう! ニールと私は互いに認め合って伴侶となったのであり、決して私の独断だけで無理強いをしてはいない。そして私はニールの願いを叶えるために、君達に認められるまで諦めないと誓う!!」
「アナタにロックオンの何が分かる! ロックオンは優しいから、アナタに引き止められて断れないだけだ」
 オロオロと仲裁に入ろうとして一蹴されるアレルヤと一歩下がって口出ししない刹那の構図もいつもといえばいつもの光景だが、今日は状況が違う。
 シャンパンの壜を持ったまま固まってしまったニールに、ライルが呆れたように声を掛けた。
「……だから無謀だって言ったろ、兄さん」
「おまえ一体、何て言ってティエリアを連れて来たんだ」
「別に〜? いつものように『兄さんが呼んでるから』っつっただけだぜ」
「おまっ……グラハムの誕生日だって言ってなかったのかよ!?」
「アレルヤと刹那には言ったさ。でもティエリアにそう言っても来るはずないじゃん」
「……お兄ちゃんは悲しいぜ……」
 そうこうするうちに言い争いはエスカレートしてゆき、主にティエリアの方は実力行使に出かねない勢いになってきた。
「そろそろ止めに入った方が良いのではないか? ロックオン」
「ロックオンってオレ……」
「う゛……う〜ん……」
「私見だが、アレはおまえでないと止められないと思う」
「それは……そうなんだけど……」
 それまで静かに状況を見ていただけの刹那が、冷静にニールを促した。ライルの呟きは黙殺したが。
 そしてこれも弟の呟きを無視してニールは悩んだ。
 常ならばニールはティエリアの肩を持っている。いくら弟にポジションを譲ったとはいえソレスタルビーイングを途中で抜けてしまった負い目があるし、何より雛の刷り込みのようにニールを慕ってそれゆえグラハムに噛み付くティエリアが憐れだからだ。自分は今グラハムと一緒にいて、ティエリアと共に歩んでやれない。
 まぁ普通に考えればその心情は、子連れで再婚した母親が父親に懐かない子供を庇ってやろうとするソレに酷似している気がするのだが。
「……ニール・ディランディ。おまえは今、幸せか?」
「え……? そ、そりゃおまえ……し、幸せだけどさ」
「なら俺は、それでいい。あいつにもちゃんとそう言ってやれ」
 視線で促した先には、いまだ騒がしく争う2人がいる。
「……うん。ありがとな、刹那」


「ホラ、2人とも喧嘩はそこまでだ。料理が冷めちまうぞ」
「ロックオン!」
「姫!!」
 壜をテーブルにに置いてから、身をもってグラハムとティエリアの間に割って入ったニールに、ティエリアの顔がぱあっと輝いた。
 いつもならここでニールは「おまえさんも大人げ無いことしなさんな」とグラハムを諌めてくれる。そして「しかし、姫……!」とグラハムが抗議して、ティエリアの頭をクシャクシャと撫でてくれるのだ。しかし。
「ティエリア、今日はグラハムの誕生パーティなんだから、あんまり噛み付かないでやってくれよ。な?」
 グラハムを背に庇いながら、信じられない事にニールはグラハムの味方をしたのだった。衝撃のあまり言葉も上手く出てこない。
「貴方は……貴方という人は、何故そんな男を庇うんです!?」
「や、そんな男って言われちゃうと、」
「それは私が姫を選び、姫が私を選んでくれた相思相愛の仲だからに決まっている!」
「ぉぉぉおまえは余計な事言わないで黙ってろ!」
「ロックオン! それは本当ですか? そんな筈ないですよね!?

 ここにきて、どうもグラハムの方はそれまでの言い争いを『家族のコミュニケーションの一種』だと思って張り切って楽しんでいたらしいことが何となく分かった。(だから要らん口出しをしてくれる訳だ)珍しくニールが完全に自分の側に立っている事実に得意満面だ。元々子供っぽいところの多い男だが、マイスター相手に独占欲が満たされたのが嬉しくてしょうがないらしい。そこまで理解してしまう自分も、相当なものだと思うが。
 だがティエリアの方は深刻にショックを受けてしまっていた。例えて言うなら誰よりも自分の味方だと思っていた母親が、自分より父親を選んでしまった! という衝撃っぷりだ。
 それでも今日は、今日だけは。ニールはグラハムの完全な味方でなければならない。刹那に諭されたように、ティエリアにもいずれ真実を告げなければならないのだ。
 得意気なグラハムに「いいか、余計な口聞くなよ!」と釘を刺してから、蒼白になったティエリアに、諭すようにニールは続ける。
「ごめんな、ティエリア。オレは、オレ自身が選んでこいつと一緒になるって決めたんだ」
「ロックオン……」
「オレは今、コイツといて幸せなんだよ。だからティエリア、おまえさんにもこいつとの事を認めて欲しい」
「……オレは……僕は……」
 いつもよく喋るグラハムと、それに対抗するティエリアが言葉少なになっているため、辺りに沈黙が下りる。
「……クッ。分かりました。貴方がそれでいいと言うのなら、僕は……僕は……!」
「娘はアンタに差し上げます?」
 思わず突っ込みを入れてしまったこの場にいる唯一の常識人・ライルが、部屋の片隅で刹那にグーでパンチを喰らっていた。


 結局パーティというか食事会は、追悼式の様相になってしまった。
 余計な事を喋るな、とニールに釘を刺されたグラハムが珍しく空気を読んでいたのと、元々口数少ない刹那、そして頬を腫らしたライルがむくれていたせいもあるが、主な理由はティエリアが涙目で(ロックオンがこんな奴をロックオンがこんな奴を………!)と、無言の重圧を掛け続けていたからだ。
 無論それで凹むような神経の持ち主はこのメンバーの中にいないのでパーティは無事お開きになり、ティエリアは刹那やライル達に回収されて帰って行ったのだが。
「今日はゴメンな、グラハム」
 片付けを終え、マグカップ片手にソファで寛ぐグラハムの隣へ座ったニールは、済まなそうに謝った。
「何がだね? 君に謝られるような事をされた憶えはないのだが」
「いや……今日の誕生パーティさ、本当は家庭的なのってあんなじゃないんだぜ? オレはアンタに、本当の『家族の誕生パーティ』ってやつをプレゼントしたかったんだ」
 それをプレゼントにするつもりだったから、他に何か買ったりしてなかったし。
 そうしょたれたニールは、もう一度「だから、ゴメンな?」と上目遣いに謝った。
「そうだったのか。私は既に、君からかけがえの無いプレゼントを貰ったつもりでいたのだが」
 なのにグラハムはこれまた自信たっぷり断言するので、ニールは本気で首を傾げた。
「オレがプレゼント? 何かしたっけ……」
「私と君の兄弟が、君を取り合った時。君は初めて、ハッキリ私を選ぶと言ってくれたろう? 正直、心が打ち震える思いがしたものだよ」
「あっ…あれは……!」
「君が君の兄弟達の前で、私を選んでくれた。それに勝る贈り物など、世界の何処にも存在しないさ。敢えて言うなら、もう一つだけおまけをつけてくれないだろうか」
「おまけ?」
「誓いのキスを」
 ハッキリ言うな、恥かしい奴! だのオレだって恥かしかったんだから、蒸し返してくれるなよ! だの。
 普段だったら脊髄反射的に口にしている言葉の数々を、しかしニールはグッっと飲み込んだ。
 今日はコイツの誕生日なんだし。……何より、ニールがそうしたかったから。
「じゃあコレが、今年のオレからの……誕生日プレゼントな?」
 それは額に、しかも小鳥が啄むような軽いものだったけれど。
 ニール・ディランディからグラハム・エーカーに贈る、初めての誓いのキスだった。

      

 

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